吉川美津子のお葬式あらかると

Vol.35 森光子さん、中村勘三郎さんとお別れ

森光子 葬儀昨年末には、世間の皆様の注目を集めた葬儀が2件ありました。師走のあわただしい最中に行われたこともあって「大物が次々と亡くなってしまった」という印象を持たれた方が多かったのではないでしょうか。これらの葬儀の様子を、メディアでは報じられないプロからの視点でお伝えしたいと思います。


ひとつが森光子さんの葬儀。社葬・団体葬など大型葬がよく行われる都営の斎場「青山葬儀所」で執り行われました。式場内着席数は約300席、2011年に新設された大型の待合室内も最大450席着席可能、駐車スペースも50台以上確保されているゆったりとした式場です。お参り方法は献花スタイル。ジャニーズ事務所のタレントの皆様が祭壇前で各グループごと献花している姿が頻繁に流れていましたね。
遺影写真の両脇には、故人の映像がモニターで映し出され、また森さんの愛用品が飾られていました。青山葬儀所は天井が低く、横に長い構造なので、横に広がりを持たせるような祭壇だと華が出ます。会葬礼状は森さん直筆。「感謝と愛を捧げます」と書かれたその文面は、「放浪記」のプログラムのために作られたものだそうで、ファンの方を含め一般の参列者全員に配られていました。

 
中村勘三郎 葬儀もうひとつが中村勘三郎さんの葬儀。こちらは「築地本願寺本堂」で行われました。築地本願寺と松竹とは古くからご近所付きあいがあり密な関係。そうはいっても、築地本願寺の僧侶によるお勤めではなく、勘三郎さんの菩提寺である真宗佛光寺派の僧侶がお見えになって葬儀を執り行っていました。勘三郎さんの葬儀といえば、その参列者の数に驚いた方も多いでしょう。発表によるとその数は約1万2000人。一般の人は築地本願寺の裏をぐるりと一周まわって、さらに裏の公園の中まで列を作ったとか。葬儀は11時スタート、一般の方の焼香スタートが14時すぎで18時すぎまで焼香の列をつくっていましたが、最後は時間の都合でやむなく途中でお断りしたとか。「年末の買い出しでちょうど築地場外にいたのでついでにお参りにきました」という方も中にはいらっしゃいましたが、それでもこの長蛇の列に並んでいたわけですから勘三郎さんのファン層の広さが伺えます。

 
葬儀の中でひときわ注目を集めたのが奥様の白い喪服姿。今でこそ喪服は黒というイメージが定着していますが、長い日本の歴史を紐解けば、喪服は白→黒→白→黒などと変化しています。アジア諸国でも白い喪服を着る習慣のある国は多く、日本の黒喪服は欧米諸国の影響。お手入れのしやすさなどもあり急速に広まったと考えられます。全国的にみれば、白喪服を着用する地域がまだ一部ではありますが残っているようです。

 
有名人の葬儀、企業・団体の葬儀も簡略化、簡素化していく中で、王道ともいえる葬儀2件に足を運びました。どちらも故人の人柄を彷彿させるような温かみが伝わってくる葬儀でした。


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