吉川美津子のお葬式あらかると

Vol.28 寛仁様の葬送儀礼

前回は、天皇陛下が自らの葬儀や陵についての希望を述べられた、という内容のコラムを書きましたが、そんな矢先、飛び込んできたのがこのニュース。
6月は、6日に亡くなられた寛仁親王殿下の一連の葬送儀礼がメディアをにぎわせました。
時系列に追っていくと、日程は次のようにまとめられます。




7日 お舟入 赤坂御用地
7日 拝訣(はいけつ) 赤坂御用地
12日 正寝移柩(せいしんいきゅう)の儀 赤坂御用地
12日、13日 お通夜 赤坂御用地
14日 斂葬(れんそう)の儀 豊島岡墓地
14日 墓所の儀 豊島岡墓地
15日 斂葬(れんそう)後一日墓所祭・墓所十日祭の儀 豊島岡墓地


一般の墓前参拝が17日と18日に行われていたので、私も豊島岡墓地に足を運んでみました。
豊島岡墓地は、もともと護国寺の敷地だったのですが、明治政府によって東半分が整備され皇族専用で使用されるようになった墓所。通常は一般人が敷地内に入ることができない場所ですから、門の中に入っただけで緊張が走ります。
敷地内やほとんどが雑木林で、まるでここだけ都市から抜け出たよう。隣の護国寺との境界線は、進入防止用のコンクリート壁や池などで仕切られているそうですが、なにせ木がうっそうと茂っていて、壁どころかビルも見えない状況です。少し坂を登ると、左右に笑われるのが円墳型のお墓。豊島岡墓地には現在60基のお墓があるそうで、寛仁様の墓所は半分よりやや手前に位置、という感じでしょうか……。
黒白のくじら幕で囲われた場所が寛仁様の墓所です。通路を進むと、一般参列者が列を作って待機していましたが、閉門10分前とあってさすがに人の列は少なく、20人ほど並んでいただけ。2~3人ずつ前に進み、ロープの前でお参りします。
 寛仁様の墓所の納骨室には副葬品として、ゴルフクラブやスキーセット、ご愛用されていたメガネのほか、喉のがんの手術を受けたことに伴って使用された電気咽頭なども納められたそう。皇族方がその上に土をかけられ、盛り土の中央に「大勲位寛仁親王墓」と書かれた白木の墓標がたてられていました。


寛仁様は、生前自らの葬儀や墓所について「可能な限り質素に」との意向を示されていたそうです。亡くなった翌日には7日には葬儀と墓所建設費用についての閣議が開かれ、12日、今年度の国の予備費から1億3100万円を支出することを決定。来年度も含めると最終的には1億8900万円になる見通しだとか。インターネット上ではいろいろな意見が飛び交っていますね。高すぎるという意見、妥当という意見……さまざまです。


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